祖父母の庭に成る柚子の想い出「初めて柚子をジャムにした日」
祖父はすでに他界している。祖母も自宅に今は住んではいない。ちょうど一つの敷地の中に二つの家があり、そのうちの一つは今も従妹の両親(私の母の弟夫婦)が住んでいるので、祖母宅も誰かしら出たり入ったりはしているこの2軒の間に、共通の広い庭がある。
瀬戸内海が見える小高い丘の上にある家で、日当たりがとてもいい。坂の途中にある場所なので、海の方から爽やかな風が吹き抜ける。このお庭の一角に、立派な柚子の木が植えてある。
従妹の飼う柴犬は、お庭を昔は駆け回っていた。何度か脱走歴があり今は繋がれておとなしくしているが、祖父がまだ生きていたころは柚子の木の根元からひょいと前足を塀に乗せ、尻尾を左右にフリフリしながら外を眺めていた。ちょうど柚子の木が木陰になって、頭のところだけ日に当たる姿は、なんとも愛らしかった記憶がある。
その柚子の木は、祖父が他界した今もしっかりと実をつける。上の方が色がいいのだが、取ろうと腕を伸ばすと枝のトゲがチクチク刺さる。収穫時期は、軍手と長袖は欠かせない。毎年、秋の終わりごろからお正月があけるころ、私は柚子をもぐのを楽しみにしている。
この柚子の木がある家は、祖父が晩年に引っ越してきた家である。それまでも私が知る限りでは五カ所以上は点々としていたらしい。私が生まれた後から数えると、たぶん3軒目。引っ越ししたての当初から、この柚子の木はそこにあった。前に住んでいた人が丁寧に育てていたのだろう。木の幹もしっかりしていて、枝ぶりもいい。
引っ越した当初、祖母はまだ認知症ではなかった。ある頃からか、だんだん記憶をなくすようになり、覚えられなくなり、今は私の姿もかろうじて親族の誰かということまでは記憶にあるようだけど、、その祖母がまだ記憶もはっきりとしていた頃、みんなでこの柚子は立派だ立派だと言って、ある日「何かを作ろう!」となった。10年ほど前の出来事である。
早速柚子ジャムを作ることになった。柚子ジャムを初めて作ったとき、こりゃあ大変だ!と思った。ここで採れる柚子は、スーパーに並ぶような立派な大きい柚子ではない。握れば掌にすっぽり収まるくらいの、小粒なサイズである。ただ、小粒ながらに香りも味もしっかりはしていて、皮は薄い。まるで太陽の恵みをギュッと一粒に凝縮しているかのよう。

この柚子を使って柚子ジャムを作ろうと、最初はウェブでレシピを検索してみた。大粒の柚子をベースに作られているレシピが多かったから、この柚子で作ろうとすると、同じ個数で作ると出来上がる量は少なくなる。そこでレシピの倍量、いや、もっといっぱい作ろうとなり、ほなもっと採ろう!というので祖父がわっせわっせと摘んできた。ここから細かな枝葉を取り除いたものをボウルにたっぷりと詰め込み、リビングに運ぶ。運ばれてきた柚子を誰かが洗い、リビングでは大量の種取と皮むきと、、、そりゃもう賑やかなジャムづくりになった。
初めて作った柚子は、苦みが残らないよう、念には念を、4回も吹きこぼしてようやく煮詰めるような入念なレシピを選んだ。レンジで作ったり、そこまで吹きこぼさなくてもいいと論じるレシピなど様々あるが、なんしか鍋いっぱいの、溢れんばかりの柚子である。これで苦かったら後悔しか残らない。そうしてようやく煮詰めた柚子ジャムは、本当に柑橘系の柚子の香りが部屋中に充満して、味見をしたらもうおいしくって!たっぷり作り、タッパーに小分けして、家に持ち帰った。4-5家族で分けた気がするが、十分楽しめるほどの量が作れた。
それから祖父が倒れるまでの何度かは、そのリビングで柚子の季節になると柚子ジャムを作るのが定番の風景になった。もっともっと、たくさん味わいたかったけれど、今はもう祖父母はいない。そのリビングに戻ると、そのリビングから柚子の木が見える。毎年、想い出しながら、少しずつレシピを改良しながら、今年も柚子ジャムを作った。次の柚子も、成るといいなぁ。
また別途、柚子ジャムのレシピも準備が整いましたらご紹介します。お楽しみに!


